仕事に行かない日。
朝のルーティンワークを終えて、新聞を読み終えて・・・。
さてと。
・・・。 あれ? 今まではずっと何をしてたんだっけ?
手に持っていた大きな荷物をどこかに置き忘れてきてしまったような。
やらなきゃならないことがあったのに、それが何だったかどうしても思い出せないような。
心の引き出しに何かが引っかかって、きちんとしまっていないような。
母が10月に亡くなった。
ずっと暮らしていた施設で具合が悪くなったのが今年の5月。
幸い、ちょうどコロナの扱いが変わって、やっとガラス越しでなく会えることになった矢先だった。
それから半年、仕事のない日は、病院、施設、実家と通った。
交通の便の悪い田舎町、夏の暑さで有名でもある町は、歩いている人など誰もおらず、今年の夏は特に暑くて、歩きながら倒れるかと思った。
お医者様の話、ケアマネージャーさんの話、保険屋さんの話、葬儀屋さんの話、菩提寺のご住職の話、事あるごとに選択を迫られ、その都度煩雑な手続きをしなければならず、帰り道の約2時間でそれらを咀嚼して、消化し終える前に次の事案が持ち上がる、というような日々であった。
四十九日の法要が終わり、実家の片付けも粗方済んで、気が付けば冬、今年ももう終わり。
どんどん弱っていく母のそばで覚悟もとっくにできていて、それでもやっぱりこの半年はなんだか夢のようで、いまだに実家に行けば母が元気でいるような錯覚を起こす。
苦しみもせずに眠るように逝った母は、幸せな終わり方だったなと思う。

いろいろな手続きの中のひとつ、母の年金の解除。
「死んだら止める」、そんな単純明快なことなのに、ものすごくややこしくて、説明をどんなにちゃんと聞いても、何度質問しても、さっぱり意味がわからず、わからないまま言われるままに手続きを終えた。
やれやれ、混乱するワケだよね、年金機構。
そして、昨日やっと届いた手続き完了のお知らせ。
「消滅」って・・・。
間違っちゃいないと思うけれども、もっと他に言い方があるのではないか?
母のことはここで公表するつもりはまったくなかったのだけれども、なんか「消滅」の文字の衝撃に突き動かされてしまった・・・。。