雑がみ

このところ、「雑がみ」というものにとりつかれている。

区のゴミ収集のパンフレットが配布されて、私自身はゴミの分別は完璧、地球のことをちゃんと考えているという自負もあったのだが、パンフレットをあらためて読んでみて愕然とした。

これを読んだ限りでは、新聞と雑がみは一緒に出してダメってことになる。

これまでティッシュペーパーの箱とかビニール部分をはずして、新聞と一緒に出していたのだった。

まずい、私、わかってない。

じゃあ、新聞の折込広告はどうなん? 

こういうのは?

取っ手と底部分にたぶんノリが使われているショッピングバッグやビニール窓のある封筒とか?

区のパンフレットを読んだだけじゃよくわからない。

調べよう! 

う~ん、どの記事もハッキリしない、さっぱりしないなぁ、と思っていたところで見つけた記事。

おー、わかりやすい! この方、偉いっ!

結構ダメなものが多い中、ホチキスやクリップが大丈夫なのは意外。

写真は撮らなかったけど、この方の記事では折込広告は新聞と一緒に出してOK、むしろリサイクルするのに広告が入っていた方がよい、ということに対し、新聞の中に雑がみが混じっていて現場は手間が増えて問題になっている、ということも書いてあった。

これまでスミマセン、以後気をつけます。

めんどくさいから燃えるゴミでいいや、というのは避けたい。

早速だけど、2月のカレンダーと文庫本にはさまれていた栞、これは雑がみでいいのかな? 

マルハラ

マルハラというのが話題になっている。

なんじゃ、そりゃ~?

と、記事を読んでみて、あ~、なるほど、そういうことなのか、確かにね、と、まったく理解できないというほどではない程度に理解した。

日々刻々と、いろんなことが変わっていくのだなぁ。

だけども文の書き方が世代によって違うのは仕方ないとしても、それをハラスメントと言うのはどうなんかなぁ?

そもそも句読点が登場したのっていつから? 

俳句や短歌や詩には、句読点は使わないよね?

「。」を使うの、日本語だけ?

なんて句読点にあれこれ思いを馳せていたところで、俵万智さんのこれひとつで一気に事態収拾? 

「優しさに ひとつ気がつく ✕ではなく〇で必ず終わる日本語」

ところで、かぎかっこはどうなん?

Love of My Life

クィーンのライヴ、もう~っ、最高~っ!!!

ブライアン・メイもロジャー・テイラーもすご~い!

フレディがいないのは悲しくて寂しいけれども、アダム・ランバートの歌唱力は圧倒的で、素晴らしかった~!

楽曲はどれもこれも色褪せず、すべてが永遠のヒット曲!!!

ありがとう~!!!また、来てね~!!!

蝌蚪

だいこん屋のマスターの「阿佐ヶ谷歳時記」。

季節ごとのエッセイとともにマスターの詠んだ俳句がたくさん掲載されているのだが、俳句というのは鑑賞する側もそれ相応の知識と教養を持ち合わせていないと心に響くことさえできないのだなぁ、とガッカリしてしまった。

というのも、意味がよくわからない句も多くて、それどころか漢字が読めない!

たとえばこれ、春の章に出てきた「蝌蚪」。

何、これ? 虫? トンボ? 春だから違うか・・・。

正解は「おたまじゃくし」。読めね~。

おたまじゃくし、虫ヘンかぁ~。蛙も虫ヘンだしね~。

だけど、五七五しばりのある俳句中に出てくるわけだから、ここは「カト」と読んで、「カト」とは読むけれども頭の中では「おたまじゃくし」と解釈、その上で句を鑑賞すると、あ~、いい句だなぁ、となる。

私も俳句をやりたいと思ったことがあるけれども、こうなると俳句の世界もエベレストほどの高さがあって、尻込みしちゃうなぁ。

とはいっても、山だってなにもエベレストに登頂するばかりが能じゃない、近所の低山だってすごく楽しい。

そう自分を慰めて、あれこれ調べながらめげずにページをめくっている。

実家の片付けのときに見つけて持ち帰った歳時記。

俳句を詠まずとも、季語を見てるだけでも結構面白く、日本語というのはホントに豊かで奥深い。

「走」

女子高時代に仲の良かったクラスメイトが5年前に亡くなり、彼女の葬儀に集まったクラスメイトたちでまるでクラス会のようになって、以来、墓参りとともにプチ・クラス会が開かれるのが慣例となった。

今年は83歳になる恩師も来てくれて、私たちにとっては先生はひとりだけれども、先生にしてみたら長い教師生活、何千人もいるうちの数名のはず、なのに私たちのことばかりか、いろんなことをよく覚えていて、こちらが歳をとった分、年の差が縮まったようで、いつまでもお若くてお元気で頭が下がる。

独身貴族の先生は、定年退職後、英会話に水泳、ピアノに油絵を習い始め、イギリスに留学までして、あちらこちら世界中を飛び回っているらしい。

私たちもそろそろ定年(私には定年はなくなったけど)、病気や墓の話なんかしてないで先生を見習いたいものである。

だだっ広い墓地に友人のお墓。

早すぎだよね~、なんでこんなに早く逝ってしまったの~?

で、墓石に刻んである文字。これがわからない。

周りの墓石には「眠」とか「安らかに」とか「愛」とか、読める文字が刻んであるのに。

クラスメイトのひとりが、「走」という字だと生前言ってた気がする、と言うのだけれども、私にはどうしても「走」とは読めない。

だけどそうだとしたら、あっという間に人生を走り抜けた彼女らしいナ、とも思ったのだった。

推し活

相撲は熱心にというほどじゃないけれども、場所が始まればTV中継はまあまあ観ている。

特に誰のファンというわけでもなかったのだけれども、数年前のこの取り組みを観てから、宇良のことがちょっと気になっていた。

ピンクのまわしがとってもキュート。チャーミングなルーティーン。

いつのときもナイスファイト。

負けることも多いけれども、闘いっぷりがすごく魅力的。

そして今場所の千秋楽。

おーっ! 伝え反り? すごい~っ! ステキすぎるよ~!

これで私ははっきりと「宇良推し」になりました。

偲ぶ会

初めてだいこん屋に行ったのはいつのことだったろう?

大学を卒業して就職が決まったところで阿佐ヶ谷に引っ越して、そのアパートはだいこんや屋のすぐ裏手だったから、22、3歳の頃だったかもしれない。

自分は若すぎて馬鹿ギャルだったし、マスターをはじめ常連さんたちはちゃんとした立派な大人で、かなり敷居の高い店だった。

1990年にスペインに行ったときフラメンコに出会い、マスターがフラメンコギターを弾くのを知って、敷居は高いままだったけれども、ちょっと近づいた気がした。

その後、結婚し高円寺に引っ越して、夫が仕事で組んだ相手がたまたまだいこん屋の常連さんだったり、高円寺の別の店でだいこん屋のマスターがお客として飲んでいるところに出会って、カウンターに並んで飲んでいるうちに一緒にフラメンコを観に行ったりするようにもなった。

かれこれ40年以上が過ぎて、その間、マスターはずっと変わらずカッコ良かった。

縁というのはつくづく不思議なもの、阿佐ヶ谷に住まなかったら? お酒を飲めなかったら? スペインに行かなかったら? 

たくさんの人が集まって、それぞれの人がそれぞれの思い出を持っていて、久しぶりの方たちにも会うことができて、とてもいい偲ぶ会だった。

マスターのお言葉、「酒を飲まない人は人間じゃない」。(笑)

ありがとうございました。

ご冥福をお祈りいたします。

夜の朝日

友人の個展を観に浅草へ。

久しぶりにあの界隈を歩きたいな、なんて思って、まずは錦糸町で降りた。

たばこと塩の博物館で「江戸のおもちゃ展」をやっていて、入館料はたったの100円。

タバシオ、渋谷からこっちの方へ引っ越ししてたんだね、ぜんぜん知らなかった。

江戸時代はのんびりしてて平和でほのぼの。

スカイツリーを間近に観ながら、横川沿いを本所に向かって歩く。

この辺り、その昔は鬼平さんの庭だったよね。

友人の絵を観て、ギャラリーで相撲中継も観て、美味しいお酒に美味しいお蕎麦。

江戸もいいけど、アサヒのビルもカッコいい。

もったいない星人

歯磨きするときのペースト、これ、なんて呼んでる?

歯磨き粉? 昔はそう呼んでたよね、粉じゃないのに。

歯磨きって、歯を磨く行為のことだから、これを歯磨きって呼ぶのは抵抗がある。

そんな話じゃなくて、これをキレイに使い切るのがわりと難しくない?

水を入れて振ってみたり?

何度も何度も力ずくで絞り出して、もうないだろうとは思っても、なんかさっぱりしない。

そこで、ハサミで半分に切ってみた。

ほ~ら、こんなに残ってる。今まで捨ててたよ。あ~、もったいない。

あと5回は余裕で使える。

これまでは中が見えなかったから、仕方なく燃えるゴミに出していたけれども、こうすればキレイに使い切れて、洗ってプラゴミ・リサイクルへ。

もったいない星人、満足、満足。

この手もあり

友人が薦めてくれた本。

翻訳物(韓国文学以外)はめったに手にすることもなく、おフランスのものなんてサガン以来じゃない?(それはちと大げさか・・・)

古本屋にもフリマにも出てなくて、図書館に予約を入れたらすぐに回ってきた。

ありゃ、上下巻とも一緒に来ちゃったよ。

これでまた図書館のループが始まっちゃうんだよね。

2週間で返さなきゃならないから急いで読んで、返しに行くついでに次を借りてこよう、なんて思って予約を入れてしまって、それがまたいっぺんに回ってきたりして、返却日と取置本のハザマでワラワラしちゃうのよね。

だったら借りなきゃいいんだけど、いつかは読みたいけど買うほどじゃなくて、図書館はタダだしね、みたいな心理がこのループを作ってしまうんだよね。

それはそれとして、視野の狭い私としては、本でも映画でも音楽でも、全然知らない作品を薦めてもらえるのはすごく嬉しい。