母とはずっと折り合いが悪かった。
倒れていなければ、今でも関係は悪いままだったと思う。
マンボウが解除されたので、久しぶりに無人の実家に行った。
ちょっとづつ片付けをしてきたのだけれども、母の桐のタンスが手つかずに残っているのだ。
母は着物道楽で、ずいぶんと高価な着物を何着も持っていて、でももう着ることもなくまさにタンスの肥し。
まさかゴミ箱というわけにもいかず、タトウ紙に包まれたままの着物すべてを持って帰ってきた。
さてさて、どんな着物があるのやら。
まず小さな包みを開けると・・・。
これは私が3歳のとき七五三に着た着物だ。
樟脳がたくさん入っていたけれども、シミだらけである。
なんでこんなものいつまでも取ってあるのかと驚いていたら、7歳で来た着物も20歳のときに着た振袖も出てきた。
振袖は百万円ほどかかっていて、そんなものにそんなにお金をかけるのなら、現金で私にくれ、アメリカに留学させてくれ、と祖母まで泣かせてひと悶着あったいわくつきの着物だ。
それから何度か友人・知人の披露宴に着て行ったことがある淡いピンクの訪問着。
やれやれ、全部とってあるんだ・・・。
さすがにピンクじゃもう着れないなぁ、と思いながら広げてみると、毛筆でなにやら書かれた紙がはらりと落ちた。
よく見ると、私の履歴書だった。
おいおい、どこの才媛だよ?というような立派な履歴書である。
現在25歳と書かれていた。
25歳といえば、決まりかけていた結婚を土壇場でやめた頃だ。
つまり、母はこの着物を私に着せて、お見合いでもさせるつもりだったのではないか?
施設にいる母にはもう確かめようもないけれども、母の私に対する気持ちが桐のタンスの中にたくさん詰まっていて、私も胸がつまってしまった。
だけれども着物はすべて処分することにし、専門業者に引き取りに来てもらった。
振袖は3千円と言われて、涙はすぐに引っ込んだ。