母に会いに

緊急事態宣言解除を受けて、2020年の1月以来、つまりコロナで世の中がこんなことになる前に行って以来、久しぶりに実家へ行ってきた。

人が住んでないと家はダメになるというけれど、あまり変わっていないようで、でもやはり空き家然とした雰囲気が色濃くなったよう。

玄関先に大きな蜘蛛が誰の邪魔も入らないことをいいことに、のびのびと立派な巣を作っていた。

それからお墓に行って「あなたが隠し持っていたアダルトビデオは娘の私が秘密裏に処分してあげたのだから、くれぐれもよろしく頼みますよ」と仏様になった父に向って脅迫まがいのお参りをし、母のいる施設へ。

施設の方の話では、コロナ禍のこの二年近く誰にも会えず外にも出れずで、認知症が進んだようだいうことだったので、ひょっとしたらもう私のことも覚えていないかも? なんて心配していたのだった。

施設はまだまだ用心深く、対面はガラス越し、会話は電話を通してということで、どうしてそんなことをするのかということを母には理解できないらしく、けれども父への脅迫が効いたのか私のことはすぐに認め、私を見ながら開かないガラス戸を必死に開けようとしていた。

スタッフの方に咎められ、スタッフの方経由で差し入れた秋冬用のブラウスを渡されると、母は「ありがとう」と言った。

10分ほどの面会だった。

大切な時間

いつ以来であろうか? 

緊急事態が解除されたら、寿司屋で贅沢三昧してやる! 

そう心に決めていた。

寿司は自分では作れないし、寿司屋で酒抜きというのもありえない。

だからずっと我慢してた。

というわけで、久しぶりに会うことになった友人夫妻と一緒に。

日本酒がこんなに美味しいものなのか。

なんてことないおしゃべりが、こんなに楽しいものなのか。

もちろんお寿司は絶品で、あ~、幸せ~。

日常がどんなに大切であったかをしみじみと感じた夜。

遊ぶ準備

緊急事態宣言が解除になったけれど、自粛生活が長すぎたせいか、なんかちょっと怖くて以前の暮らしにはそう簡単に戻れそうにない。

コロナ禍前は、老後はあれもしたい、これもしよう、と、いろんなことを考えていた。

たとえば、日本百名山制覇とか。

よく考えてみたら(よく考えなくてもわかるけど)、百名山なんて一年に五山制覇するとしても20年かかるわけだから、ハナから無理じゃん。

じゃあ、十名山くらいにしておくか。

まずは準備でもしておこう。

とりあえずこんなものを購入してみたら、ほんのちょっと気分が上向きになった。

どこへ行こうかな~? 

まずはやっぱり温泉にゆっくりつかりたいなぁ。

驚きの秋の改編

10月。

いろんなことが変わった。

自分にはあまり関係ないかと思ってたんだけど・・・。

長年続けている、朝のテレビ体操。

少し前から、出演者のおねえさん達がレオタードは止めて、T-シャツと短パン姿になったのには気づいていた。

背景も、以前はなんかスタジオに手作り風のドレープが垂れ下がっていたのが、バッチリ、デジタル化した。

だけど、1日より、な、な、な、な、なんと!

男子が登場~! びっくり~! 

おねえさん達の体操にすっかり慣れてしまっていたので、ギョッとしてしまった。

働き方改革? 男女雇用機会均等法?

いやぁ~、驚いたの、なんの。

すぐに慣れるのかなぁ~? 

いろんなことが変わっていくのに、政治の世界は相変わらず、少しはマシになるかと思ったのにホントがっかり。

それには絶対慣れちゃダメ!

栗の了見

山栗を頂いた。

一晩水につけてから茹でるといいよ、という話をふむふむと聴いていたら、そのようにして茹でたのを持ってきてくれたそうで、つまりもう茹でてあるのだった。

動物も人も通らぬ車だけが通る大きな道に、大きな栗の木が一本あって、そこに落ちていた栗なのだそう。

食べてみると、素朴な味わい。美味しい。

それにしても。

栗の了見というのはいったいどういったものなのか?

そら豆の過剰防衛に対し、栗は過剰攻撃過ぎやしないか?

あのイガイガときたら。

イガイガをクリアしても固い皮、さらに渋皮。

絶対に誰にも採られたくない、食べられたくない、という強い意志。

そこまでして実を守るというのは進化の過程で何かあったのだろうか。

にもかかわらず、拾ってイガイガを取って一晩浸けて茹でたものを頂いたので、私には栗の過剰攻撃に文句を言う権利はなく、剥いては食べ剥いては食べ、簡単に食べてしまった。

火を使わない動物はどうしているのだろう。熊とかリスとか?

ラッコがウニを食べて絶滅というニュースがあったから、案外動物たちも栗を上手に食べるのかもね。

それじゃあ、栗の過剰攻撃はあんまり功を奏してないってことじゃん?

栗、さらに攻撃的に進化しちゃったら、どうする?

収穫

ベランダのゴーヤが大きくなったので収穫。

種からここまであっという間。

なんだか情がうつってしまって(笑)、愛おしい。

コウケンテツさんレシピをちょっとアレンジして、キムチ入りゴーヤチャンプル。

この種を来年また蒔こう~。

コスパ、最高!

超新人類?

職場に大学を卒業したての男子が入ってきた。

就職はせずに半年の間、独学で税理士の勉強をしていたのだけれども、実践とバイトを兼ねてステップアップしたい、ということらしい。

しかし初日。事務所内が凍りついた。

それは「エクセルですか・・・。使えないです」という彼のセリフ。

私が30歳を過ぎた頃にWindowsというものが登場し、何はともあれエクセルとワードを覚えなくてはならなかった。

使いこなせるようになると、わぁ、なんて便利、もうこれなしでは仕事できない、そしてエクセルとワードに悪戦苦闘しているオッサンたちを冷笑したものだった。

暦は巡って時代は変わる。

エクセルは使えないって、パソコンは使わないってこと?

パソコンは使っても、そういう使い方はしない、って・・・、はぁ? 

そういう、って? じゃあ、どうゆう? 

びっくり仰天していたら、フリーズ第二弾。

FAXは使ったことがない、何のために使うものなのかわからない、ということだった。

ひょえ~!

確かに最近はあまり出番のないFAXだが、出た当時は魔法のように感じたものだ。

小声で「公衆電話、使えなかったりして・・・」と言うと、隣にいた30代の女子が「公衆電話は私がギリですね」とつぶやいた。

カセットテープ、ワープロ、MD、ポケベル、フロッピー・・・。

私の中で数々の文明の利器が浮かんでは消え、消えては浮かんだ。

この彼と同じくらいの年だった頃、私たちは「新人類」と呼ばれ、自分ではそれがフツーだったので何が「新」なのかさっぱりわからなかったが、この歳になって若い人を見ると、新人類過ぎて逆に旧人類? オッサン返り? やっぱりさっぱりわからないのだった。

歴史は繰り返す。

かわいそうだけれども、彼が税理士になる頃には、さらにずっと若いスーパーウルトラ新人類に「税理士ってなんですか? なんでAIじゃなくて人間がするんですか?」と言われて、フリーズすることになるであろう・・・。

これって私?

昨日の新聞記事。

要約すると、「愛の不時着」にハマり、コロナ禍での自粛生活を韓流ドラマに救われ、韓国料理も作って食べ、コロナ禍が収束したら是非とも韓国に行きたい、という60代女性の話。

これって、私のことか? 私が書いたのか?

夫に言わせると、こんなオバチャンが今の日本には100万人くらいいるであろう、とのこと。

ってことはつまり、コロナ禍明けの韓国には、あんな場所、こんな場所、ドラマに出てきたいたる場所に日本のオバチャンがウロウロしてるってことだよね。

そっか~、そうなのか~。

桃栗三年柿八年、アボカドは?

植物には種がある。

食材として購入したもので、食べ終わった後で種が残ると、とりあえず植えてみようかな、という気になる。

豆苗は切った後で水につけておくだけで、あっという間に育って一週間も経たぬうちに再び収穫できる。

ゴーヤの種も植木鉢に4~5粒埋めて置いたら、芽が出てすくすく育って花が咲いて、ひと月ほどで小さな実をつけた。

さてこれはなんでしょう? 正解はアボカド。

ダメ元で植えたのは数ヶ月前。

忘れたころに芽が出て、葉が開いた。

いつか実がなる日がくるのかな? 

そう思って調べてみたら、どうも無理っぽい。

あんなに立派な種なのに、最近はアボカド問題も取り沙汰されて、近い将来食べられなくなるかもしれない。

簡単に実ればいいのになぁ、残念・・・。