いよいよ実家を大々的に片付けることにした。
都心なら、道端に不用品を置いておけば通りがかった人が目を留めてどんどん持ち帰ってくれる、なんてこともあるのかもしれないが、田舎ではそうはいかない。
家の前なんて誰も通らないし、それどころか駅から実家までこれまで徒歩で何往復したか数えきれないのにもかかわらず、すれ違った人の数など片手で収まる。
まずは実家のある町で業者探しをしなければならない。
そんなことを考えていると、絶妙なタイミングで「不用品、なんでも買い取ります」ののぼりが目に飛び込んできた。
早速、メモし、ネットで下調べもし、電話をかけた。
即答。買い取るどころか「なんでもやります」というナイスレスポンス。
だけども、見積もりのために下見に来ると言うので時間を指定すると、「その時間は無理です。お祈りの時間だから」と言われた。
「お祈り? あ~、ムスリムの方なんですね?」
別の時間を指定して、来てもらって話を聴くと、なんとロヒンギャ族の方であった。
そう、私の実家のある町は、ロヒンギャ族の方がたくさん暮らしているのだった。
世界では民族や地域で争いが絶えないけれども、この方たちはまた特別で、日本のこんな田舎町で暮らすというのはどうなんだろう?などと思いをはせながらも「自分たちの評判を良くしたいので頑張ります」という言葉に押されて、全部お任せすることにした。
私たちには想像もつかないいろいろな苦労があるんだろうなぁ。
当日。来てくれた方4人。トラック2台。
「お祈りの時間は、遠慮なく抜けて下さいね」と言ったのだけれど、暗くなる前に終わらせたいとランチも抜きで、ものすごいスピードで片付けていく。
う~ん、これはどうしようかなぁ、なんて私がいちいち手を止めてる間にも、日本語は話せるけど読めないということのせいなのか、大事な書類っぽいものや本なども躊躇なく破って廃棄していく。
トラック4往復、あっという間に片付いて、ホントに有難かった。
ビールでもご馳走したかったけれども、ムスリムではお酒はダメだし、「普段どんなものを食べているのですか?」と訊ねると「カレーとナンです」という答え。
「インド人みたいですね」というと、食生活はインドとほとんど一緒なのだそうだ。
家はきれいさっぱり片付いたし、いい人たちと知り合えて、良かった、良かった。
「ありがとうございました。また何かあったら、なんでも頼んで下さい。東京でも大丈夫」
「わかりました。こちらこそありがとうございました。助かりました。お友達にも宣伝しておきますね」
そうして、笑って手を振って別れた。
復刻版の夏目漱石の「吾輩は猫である」全三巻。
すんでのところで見つけて、拾い上げて持ち帰った。
表紙がかわいい。
モネの「睡蓮」のリトグラフの保証書。
保証書は見つけたのだけれども、どんなにさがしても実物の方は見つからなかった。
お宝だったろうに、いったいどこへ消えてしまったのか・・・?
しょうがない、これも捨てよう。