お茶の水ツアー

とある事情で友人とお茶の水で3時間ほど時間をつぶさねばならなくなった。

友人はお茶の水界隈は初めてだというので、それじゃあとツーリストになったつもりでお茶の水ツアーをしよう~!ってことに。

かくいう私ももう10年もお茶の水に通勤しているのにもかかわらず、そんなことしたことないのでいい機会。

まずは腹ごしらえ。

せっかくだからと奮発してヒルトップでランチ。

おしゃれ~。ゴージャス~。

さて、お腹がきつくなったところで、まずは神田明神へ。

商売の神様だというのに、たった5円で「世界平和」などというとてつもなく大きな願い事をして、インバウンドの方たちの手本となるべく柏手を打つ。

ここにも駄洒落が・・・。

売店を冷かしてから湯島聖堂へ。

いつも通りながら、ここっていったい何なの? と思っていたのだけれど、どうやら学問所らしい。

都会のど真ん中にあって緑が生い茂り、とっても静か。

門の脇の片隅にあった「宥座之器」。

さて、これ何だと思う?

友人は拷問の機械?シャンプー台? なんて的外れなことを言っている。

空の時は斜めになっているこのバケツのようなもの、程よく水を入れるとまっすぐになり安定した状態になる。

でも、もうちょっと入るんじゃない? と水を足してみたところ、ひっくり返って空っぽになってしまった。

そのことから「中庸」、「いっぱいに満ちて覆らない物(者)は無い」という孔子の教えなのだそう。

なるほど、もっともっとと欲をかいてはいけませんね、何事もほどほどに。

勉強になりました。

そこから階段をあがると聖橋。

通勤時、いつもたくさんのインバウンドの方たちがここで写真を撮っているのを見て、何かの聖地? ロケ地? と思っていたのだが、まあ、そういうことらしい。

次にニコライ堂。

信者でなくとも中に入れることがわかり、初めて見学。

まるで外国にいるみたい。

静かで厳かで涼しい。

でもってちょうど時間となりました。

意外と楽しかったお茶の水ツアーであった。

またか・・・

7月に姪の結婚式がある。

結婚式に出るのなんて数十年ぶりである。

親族の結婚式といえば黒の留袖を着なければならないところだが、実家の片づけをしていたときに、もうそんな機会もないであろうと留袖や喪服、その他のたくさんの着物も桐のタンスごと処分してしまった。

貸衣装で着付けを頼んだりするのも面倒だし困ったなと思って義母に相談したところ、田舎の結婚式はとにかく長い、しかも季節は夏だし着物は辛い、と足並みを揃えて洋装で出席することに話がまとまった。

よかった、じゃあ黒のワンピースにしよう、ってことになったのはいいのだが、困ったのが靴。

若い頃と違って、今は通勤でも職場でももっぱらスニーカーで、ハイヒールなんて持ってやしない。

なにか代用品はないかと下駄箱をごそごそして見つけた、黒のヒールのサンダル。

これでいいじゃん、黒だし、夏だし。

ちょっとカジュアルすぎるかな? 

念のため、ネットでチェックしてみよう。

答えは「NG」!

え~、なんで~?

サンダル → 爪先が出る → 妻が先に出る → 妻が先立つ → 縁起が悪い

ちっ・・・。またもや駄洒落かよ・・・。

日本の冠婚葬祭に年中行事、なんと駄洒落の多いことか・・・。

つか、駄洒落で成り立っているといっても過言ではない。

じゃあ草履はどうなんだよ? とつっこみたくなるのは山々であるが、田舎の結婚式でのこと、「東京の嫁は・・・」などと言われると困るので、致し方ない、次にいつ履くともわからぬ黒のパンプスを購入した。

あ~、めで鯛、よろ昆布!

 

いわし祭り

整体の先生のお話。

「美味しそう」って思うこと。

「美味しい」って思うこと。

「美味しかった」って思うこと。

それは心身にとって、とっても大切なことなんだって。

確かにね~。

体調が悪かったりメンタルがやられてたりすると、食欲もわかないものね。

そんな折、ポルトガル料理の店でいわし祭り。

久しぶりに会う友人たちと、真夜中まで食べて飲んでおしゃべり。

いわしはエライ! 炭火もエライ!

イワシとビニョヴェルデのマッチング、最高~!

もうすぐ夏至。

今年も暑くなりそう。

本当の歴史って?

わかりやすい。

けど、ますますわからなくなってしまった。

世界は正義によって動いているわけではないのだな。

単純なひとつの出来事であってさえ、立場の違いで真実も事実も変わってくるのだな。

自分のささいな言動が、何か邪悪なものに加担していないか?

あるいは、何もせずにだまっていることが、見知らぬ誰かの命を奪うことにつながっていないか?

知らなかったということがとても恥ずかしい。

広島グルメ

広島名物といえば、お好み焼き。

東京のお好み焼きとはずいぶんと違う。

それから名物とは知らなかったけどアナゴ丼。

レモンも有名らしく、レモン鍋というのを食べれる店を探したのだが見つけられず、代りにカフェのレモンカクテル、さっぱりすっきり美味しい~。

広島市内には、原爆ドームと駅とのちょうど中間あたりに大歓楽街があって飲食店がズラリと並んでいる。

実際にブラブラしながらあちらこちら覗いてみて、表に出ているメニューやネット情報なんかも参考にしたのだが、どれもこれも決め手に欠け、う~む、どうしよっか?と迷っていたところ、路地の小さな小料理屋さんに目が留まり入店。

これが大当たりだった。

まだ若い美人のママさんがひとりで切盛りしていて、丁寧なおもてなし、どれもこれも美味しくてびっくり、結構飲んだつもりだったけれども、あまりの安さに再びびっくり。

いいお店を見つけちゃったナ。

自分も観光客のくせに観光客でお店がいっぱいになるのはイヤだから、お店の名前はヒ・ミ・ツ。

赤い鯉人

広島といえばもうひとつ、忘れちゃならないのが広島カープ。

街中一丸となってカープ推し、カープ愛がものすごい。

そんな中、マツダスタジアムへ。

マツダスタジアムはアシンメトリーでいろんなタイプの客席があり、スタジアム内をぐるりと移動できて、食べ物も充実、女子には嬉しい並ばない美トイレ、こりゃあいいね。

新幹線からも見える赤いスタジアム。

駅からスタジアムに向かう道。

たとえ道なんて知らずとも、赤い人たちについて行けばたどり着く。

真っ赤なユニホームを着たたくさんの人々。

コンビニやホテルまでも赤、赤、赤。

ごく稀にこんな方も。

思わず駆け寄って抱きしめてあげたくなる。

真っ赤なマツダスタジアム、すごいナ、完全アウェイ。

それに比べて、ビジター席、狭っ! 外野席の上の方のスミッこのみ。

球場をピザのマルガリータに例えると、トマトソースの片隅にのったバジルの断片のよう。

この席からはレフト方向に飛んだボールはホームランなのかファールなのかフライなのかまったく見えず。

ここ数年、神宮のいい席で観慣れてしまったせいか、山田の背中も遠い~、つか、応援団が立ち上がってぜんぜん見えね~。

それにしてもこの席にいる少数の方たち、自分を棚に上げてナンだけど、どういったワケでスワローズファンに? 

広島市民ではないのか? かなりの変わり者なのか? マゾ?

試合のあとに寄った居酒屋。

こちらももちろんカープ推し。

スワローズのユニホームも着ていたのだけれども、特に意地悪もされず、ケンカも売られず。

ま、相手がスワローズだからかもしれないけどね。

ホテルのフロントにおかれたその日のゲームのマスコット

海へと伸びるまっすぐな線

重苦しい思いを抱えながら、原爆資料館からゴミ処理場へ。

ゴミ処理場は、平和記念公園、原爆ドーム、平和の灯、慰霊碑、それらから海へ一直線に続くライン上にある。

映画「ドライブ・マイ・カー」のロケ地にもなって観光客だらけかと思ったけれども、この日はゴミ処理場本来の目的を見学に来た方たちのみで、ゆっくりと見学することができた。

「平和記念公園からつづく軸線を妨げないようにと吹き抜けのある通路を設けた」のだそう。

(資料館を設計した丹下健三とゴミ処理場を設計した谷口吉生は師弟関係)

直線が美しく海に向かって開けているデザインは、平和の灯がここを通って海を越えていく、希望が未来に向かって放たれる、そんな感覚を与えてくれて、資料館で塞がれた胸の痛みから解放される。

広島

バケットリストのひとつ、広島訪問。

世界のリーダーたちは広島と長崎を訪れるべき、と常々考えていたのに、自分が行ったことないんかいっ!って自分にツッコミを入れていた。

「そのうち」、なんていつまでも先延ばししていたら行けなくなってしまうかも?

65歳を過ぎたら急にそんな焦りが出てきて、実行にうつすことに。

広島にいるだけで、自然と戦争と平和ということが意識の中にダイレクトにそれもかなり強く滑り込んでくる。

通りを歩いていると、ボランティアガイドさんの声があちらこちらから耳に入り、ツーリストたちが熱心に耳を傾け、中には涙する方たちまでいるのがわかる。

資料館では言葉を失い、貧血をおこしそうになった。

人間は残忍で怖ろしく愚か。

だけど、やっぱり思い切って行って良かった。

これまでの自分とこれからの自分、なんだか少し違う人間になったような気がする。

ありがた山

上野で蔦重展を観て来た。

江戸って、ほんと、楽しそうだわ~。

版画の花魁の着物の模様の細やかさ、北斎に歌麿、写楽といった絵師ばかりが脚光を浴びるけれども、彫師もすごいよね~。

それにしても300年近く続いた江戸のこの時期に絵師のみならず平賀源内やら太田南畝やら鬼平やら有名人・著名人が集中して登場するのは、どういうわけであろうか?

時代のカルチャーは本屋から。

蔦重のとなりでは現代版の浮世絵展もやっていて、こちらも江戸に負けず劣らず面白かった。

どちらも観れるこの浮世にありがた山。

本からあれこれ

映画「パーフェクトデイズ」を観て買った本「11の物語」。

文庫にしては値が高いので、古本を探す過程で、そうだ、ミステリーの古本と言えばと知人を思い出し、サイトを覗いてみたら案の定ヒットして、しかも100円!、なんでこんなに安く出しちゃったのよ、もっと儲ければいいのに、だからやっぱり売切れだよ、残念。

(参考までに http://books-kuronekotei.com/ いい本が安価でたくさん出ています)

そんなプロセスを経て仕方なく定価で購入したこの本。

訳者の名前がどうも聞いたことがあるんだよね、確か出身大学の教授だった気がする、オスカーワイルドの権威の。

うっすら記憶が戻ってきたところで友人に確認したら確かにあの教授で、なんの講義だったか忘れたけれども、きっと興味深い内容であったであろうことは想像に難くなく、ちゃんと聴いてなかったなぁ、全然覚えてないよ、寝てたかも?いやそもそも出席したのか?

何十年も経ってそんな後悔をすることになるとは、ホントにトホホな自分、何やってんだ、私。

教授の方も、こんなバカに自分の講義をうけさせるなんてアホくさいと思っていたかもね。

次に作家の方を調べたら、おー、「太陽がいっぱい」の原作者であった。

映画がアランドロン主演のフランス映画だったから、原作もフランス文学だと思ってた。

じゃあ、あの教授の講義にそんなテーマもあったのかも。

それは聴きたかったナ、って後の祭り。

あの頃アランドロン推しだった友人に再び連絡、友人も知らなくて、だったらその作家を卒論のテーマにすれば良かった、あの教授のゼミをとって、などと返事が来た。

まったくね~、今から大学に行きたいよ、やり直したいよ、ちゃんと勉強したいよ。

ま、過ぎてしまったことは仕方ない。

後悔先に立たず、ごちゃごちゃ言ってないで早速読もう。